対談コラム「不妊治療と仕事との両立・セーブ」

ピアサポーター2人がテーマについて対談をするコラム。

第一弾のテーマは「不妊治療と仕事との両立・セーブ」です。

ピアサポーターのえままさんと那須彩さんにお話ししていただきました。


彩:「テーマについて、えままさんのご経験を教えていただけますか?」

えまま:「教員をしながら8年間不妊治療をしていました。結婚したのが34歳だったので、タイミング法を数回試してから、比較的早い段階で体外受精にステップアップしました。」

彩:「教員となると、通院との両立が難しそうですね。」

えまま:「そうですね、特に担任を持っていると急な休みを取るというのが難しくて、主に学校の長期休暇を使って採卵をして、繁忙期を避けて移植をするといった形で採卵も移植も10回以上はトライしました。」

彩:「職場の理解についてはいかがでした?」

えまま:「最初は周りには隠していました。急な休みに対して、温かい雰囲気を感じられなかったというのもあり、当時は不妊治療についての偏見もあり。わたし自身も不妊治療に対する偏見があったと思うのですが、言いづらかったです。」

彩:「世間の「不妊治療への理解」は今よりも低かったでしょうね。」

えまま:「そうなんです。治療続けて40代になって、隠してはいられないと思い、校長に相談したんです。そうしたら…「治療してもいいけど、担任を外すと学校が回らなくなる、2年待ってもらえないと難しい」という答えが。正直絶望しました。」

彩:「それは……絶望だ。40代の2年が不妊治療にとってどれだけ大切な時間か。」

えまま:「ほんとうに…翌年学年主任になったことで担任自体は外れたんですが、業務は忙しくなって、結局両立は難しかったですね。慌ただしい日々を過ごす中で、体調を崩して。病院で診てもらったら、腸に潰瘍ができていて、「これはストレスだ」とはっきり認識しました。」

彩:「大変でしたね。」

えまま:「年齢のリミットも迫っていたので、仕事を辞めて、1年間は体調を整えることや治療に専念しようと決心しました。43歳の3月に退職し、4月には妊娠がわかって翌年出産。もちろん、それで必ず授かるわけではないと分かっていますが、今思えば、それがターニングポイントでしたね。」

彩:「すごいスピード。やっぱりストレスは良くないですね。」

えまま:「本当にそうですね。」

彩:「わたしも過去の治療を振り返って「いい判断だった」と思うことがあるのですが、同時に「無事授かったから思えるだけなんじゃないか」という疑問が浮かぶことがあります。えままさんは、「もし、仕事を辞めたけど子どもを授からなかったら」ということを考えたことはありますか?」

えまま:「あります。あります。退職するときは、不安もありましたね。でも、学校の子どもたちも大切だけど、それとは別に、「自分の子ども」に代わるものはないし、退職したら、1年間やれるだけのことをやろうって思ったんです。」

彩:「年齢的にも、積み上げてきたキャリアがあるし、「仕事に戻れる」という自信みたいなものもあったんですかね。」

えまま:「自信というより、図らずも、学年主任になっていたので、もし教育現場に戻るとなっても、その経験は自分の支えになると思いました。1年頑張って、授からなかったらそのとき改めて仕事しようって思いました。」

彩:「30代後半~40代前半の女性ならではの考え方かもしれないですね。20代だと周りに置いて行かれるような感覚があるかもしれないけど、アラフォーは「これまで仕事を頑張ってきた」という蓄積があるし。」

えまま:「そうですね。前の職場の人と今もつながりはありますし、キャリアが完全に断絶された感覚はなくて、あくまでも「その時点で、自分の人生に必要な選択をした」ということかなと思います。」

彩:「うんうん。妊活や不妊治療と仕事との両立が難しくて、退職や休職を選択をする方がいますがえままさんは40代で退職を選んだ女性たちの希望ですね!」

えまま:「そう言っていただけると嬉しいですが、私の選択が正解だったというわけではなくて、本当に人それぞれだと思っています。」

彩:「会社の規模や仕事の内容、仕事への想いなど、考え方は個人で様々かと思いますが、「いまの自分がどうしたいか」を大切に、選択をしていけるといいですよね。今日はありがとうございました!」

 対談をした2人