対談コラム 「不妊治療の“ゴール”はどこにあるのか──10年の歩みと、その先の選択①」
ピアサポーター2人がテーマについて対談をするコラム。
ピアサポーターのemikoさんと那須彩さんにお話ししていただきました。
今回は3回に分けてお送りします。
最初のテーマは『10年に及ぶ妊活・不妊治療の現実と「引き返せなかった理由」』です。
彩:「今日はありがとうございます。emikoさんが経験されてきたこと、気持ちをそのまま聞かせてもらえたらと思います。」
emiko:「正直、こういう場で話すことに少し戸惑いがあって…。私の話って、いわゆる“前向きな成功体験”ではないので、誰かの役に立つのかなって思ってしまうんです。」
彩:「でも、不妊治療って前向きな話だけじゃないですよね。むしろ、その過程で感じる葛藤や迷いの方が、多くの人にとってリアルなんじゃないかと思っています。」
emiko:「…そうですね。私自身も、治療中は「うまくいかなかった人」の話を探していました。」
彩:「まず、妊活から治療までの流れを教えていただけますか?」
emiko:「結婚は29歳でした。その時点では、すぐに子どもが欲しいという強い気持ちはなかったんです。もともと生理痛がひどくてピルを服用していたこともあり、結婚後もしばらくはそのまま過ごしていました。
その後、夫の転勤に伴って生活環境が変わり、原因不明の体調不良が続いた時期がありました。いろいろな病院を回ったんですが、結局原因はわからないままで。その間は薬も飲んでいたので、妊活どころではなくて…。結果的に、4年ほど妊活ができない期間がありました。」
彩:「そこから「そろそろ」と思ったのが35歳前後。」
emiko:「はい。その頃には体調も落ち着いて、「さすがに考えないと」と思って妊活を始めました。最初は自己流で、排卵検査薬などを使っていたんですが、なかなかうまくいかなくて。そこで婦人科を受診したところ、「不妊ですね」と言われて、タイミング法から治療が始まりました。」
彩:「ご主人の反応はいかがでしたか?」
emiko:「最初は正直、抵抗がありました。検査もそうですし、「仕事を休んでまで?」という感じで。ただ、医師の説明を聞いてからは理解してくれて、協力的になりました。
治療に関しては基本的に「任せるよ」というスタンスでしたね。「つらかったらやめてもいいし、子どもが全てじゃない」とも言ってくれていました。」
彩:「その言葉はありがたいですね。」
emiko:「そうなんです。ありがたかったです。」
彩:「治療はその後どう進んでいきましたか?」
emiko:「タイミング法を続けても結果が出ず、そのうち卵巣嚢腫が見つかって手術をしました。その後、体外受精にステップアップして、さらに顕微授精へと進みました。
通院先も変わっていきました。最初は地元の病院、そこから大学病院へ、さらに専門クリニックへと転院しています。専門クリニックは全国でも有名な実績のあるクリニックだったので「ここへ来たら大丈夫だろう…」という気持ちもありました。
その頃には40歳を超えていて、焦りも大きく。片道5時間以上かけていたので、通院自体もかなり負担でした。交通事情により8時間かかったことも…。」
彩:「大変でしたね。。採卵や移植の回数は多く重ねられたんですか?」
emiko:「はい。大学病院で5回、専門クリニックで13回です。ただ、移植まで進めたのは4回だけでした。そうですね、毎月採卵をしていた時期もありましたが、卵は採れても、その先に進まないことが多くて。」
彩:「その状況で続けるのは、本当に大変だったと思います。
私がemikoさんと同じ状況だったら息切れしてしまいそう。」
emiko:「正直、「やめどきがわからなかった」というのが一番大きいです。
「次こそはうまくいくかもしれない」という気持ちがずっとあって。あと、「ここまでやったんだから結果を出さなきゃ」という思いもありました。」
彩:「アスリートのよう…結果を出すために続けて「引き返せなかった」ということでしょうか。」
emiko:「そうですね。夫とも回数や年齢の上限を決めていなかったので、気づいたらここまで来ていた、という感じです。」
彩:「決めておいたほうがいいとはよく言われますけどね、実際は「次こそは…」と思って当然だと思います。」
対談コラム②に続きます…
● 対談をした2人 ●
Instagram: https://www.instagram.com/follissi


