流産を経験された方々へ

「子どもなんて当然できるもの」

私はずっと、子どもが産まれてくるのは必然的で、
当然の権利だと思い込んでいました。

望めば必ず手に入る、
手を繋いだ子どもと夫婦の幸せそうな家族の光景。

手に入れるまで、暗いトンネルを一人歩まなくてはならないなんて、
考えたこともありませんでした。

結婚して半年、すぐに妊娠反応が出た私は、
わかりやすくローヒールに履き替え、
つわりの苦しみを周囲中に伝え、
幸せの絶頂にいました。

どんな形で赤ちゃん大きくなっているのかな。

9週の診察でウキウキと呑気なマタニティハイを感じていた私に、
先生が静かな声で名前を呼びました。

「心拍が止まっています」

その後のことは何も覚えていません。
どうやって自宅に帰ったのかも、主人にどう伝えたのかも。
ただ全ての感情を無くして自分を防御し、
掻爬手術をこなした事実しか心に残せませんでした。

その日から2カ月半の間。
私は主人以外の人と、一切会話ができなくなりました。
仲良しの同僚とも、業務の会話しかない上司とも、
実の父母とも。
出勤はするのに会話できずに業務は全てメール、
自宅にこもり、妊娠前とは人が変わったように誰とも接することなく、
毎日毎日一人ぼっちでした。

今思えばわかります。
あの時の私は、
病院に診断されるレベルの精神的苦痛と戦っていたのではないか、
と。

ただ、自分が普通でない精神状態にあることを知らなかった。
受け止められないのではなく、
人を頼るという手段を知らなかったから、
自分がどんなに追い詰められているのかもわからず、
ずっとずっと一人で時が経つのを耐えていたのです。

それから原因不明の不育症と戦うこと4年。
計4回の流産を経て1人の子に恵まれた私ですが、
当時の自分に言いたいことがあります。
あなたは一人で戦わなくていい。
もっともっと、周りを頼っていいんだよ、と。

流産することは回数の多さに関わらず、
心に大きな杭を打たれ、
奈落の底に突き落とされるほどの衝撃を受けます。
そしてその傷は何十年経っても消えません。

一人で抱え込まなくていい。正解を導く必要はない。

ただ、ここにはきっと、寄り添ってもらえる人と場所がある。
「話を聞いてもらえること」。
その安心感だけで救われる、
気持ちが軽くなる瞬間があると思います。

流産経験で苦しむ方の気持ちの拠り所となれるよう、
私と同じ思いをする方を一人でも増やさないでいられる世の中を目指して。
ピアだからこそできる支援をしていきたいと思っています。

石田 香織
都内在住の専業主婦。
小学校の絵本読み聞かせボランティア運営に携わり
約70名のメンバーの取りまとめに日々奮闘中。
専業主婦にも関わらず家事が苦手(!)なので
特にお料理を手際よくできる方
ぜひ教えていただきたいです♪